小石原(こいしわら)のやきもの
民陶・小石原焼  茶陶・高取焼
 
 
小石原は上野焼(あがのやき)と並び、福岡県を代表する窯場で、福岡県朝倉郡小石原村にあります。
小石原村は、総面積約30km2のうち、約25km2が森林という、山間の村。
霊峰英彦山(ひこさん)の山懐に抱かれて、古来、修験者達が山へ入る入り口となったところです。

そして、人口1,300人ほどの村に、現在、50軒あまりの窯元が存在している、やきものの村なのです。
(村長さんも、窯元の方なのですよ!)

「小石原焼」という名は、昭和30年代以降に使われるようになったようです。小石原での作陶の起源を遡れば、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、福岡藩主黒田長政が連れ帰った朝鮮の陶工「八山」(日本名:高取八蔵)に現在の福岡県直方市に築窯させ、以後、何度か移窯を重ねるうち小石原へたどり着いたのが始まりだとか。
このとき、豊富な釉薬を用いた技法が持ち込まれたのだと言われます。

当時の茶人小堀遠州に指導を受け、茶陶として完成していきます。これが「高取焼」です。
その一方、伊万里から磁器の陶工を招いて、磁器を焼こうとした頃もあったとか。
しかし、小石原の土は磁器には向かず断念。
従来あった高取焼と融合しつつ、生活雑器を焼く「中野焼」が形成されていきます。
このころ、まだ「小石原焼」という言葉はありません。
昭和の時代の「民陶ブーム」にのって小石原は脚光を浴び、「小石原焼」と呼ばれるように。
(小石原の伝統産業館の方のお話では)、これ以前の「中野焼」と現在「小石原焼」を分けて考えたいという意見もあるのだとか。

戦後、小石原の窯元の数はどんどん増えていき、現在では50軒以上!
現在では高取焼の技法を継承する窯(茶陶)と、
日常雑器を中心に飛びカンナ刷毛目櫛がき打ち掛けなどの技法を受け継ぐ小石原焼とがあります。
また、伝統にとらわれない独自の感覚で作陶している窯も・・・。
なかなか奧が深い小石原のやきもの達です。

そのなかで、当店では「飛びカンナ・刷毛目」などに代表される小石原焼をご紹介しています。
小石原焼の技法としては、上記の他に「櫛描き・流し掛け、指描き」等々。
昭和50年には、国により伝統的工芸品にも指定されています。
同じ技法を受け継いでいても、そこは、窯元によって、風合いも特徴も様々。
素朴で、暖かく、どこかゆったりとした気分にさせてくれるうつわ達を、おひとりでも多くの方に使って欲しいと願っています。