さて、こうして作られた土をこね、ろくろで成形し天日干しされたものは窯へと運ばれます。
こちらでは、登り窯一機、ガス窯二機の計三機の窯を使い分けられています。もちろん、いずれも1000度を超える温度で焼成。
ガス窯のうち一つは素焼き専用。もう一つは、皿・鉢・カップやゆのみなど、小物の本焼のための窯。(写真)
訪問した日、ガス窯には焼きたてほやほやのうつわ達が所狭しと並べられていました。
この二日前に火を消されたそうですが、窯の中はまだ100度も熱さ!
特別に中を開けて頂き、当店で人気の「ぽっちゃりマグ」を取り出してくださいました。
触ってみると、ほんと、「あっちちち・・・」でとても握ってはいられないほど。
他にもビアゴブレットや、鉢、取り皿など並んでいます。焼きたてのうつわに、また感激です!
そして登り窯ですが、瓶・壺・傘立てなどの大物が焼かれます。他にどんぶりなども。
大きなものはガス窯で焼くと、どうしてもゆがみが出たりするのだそう。
それに、登り窯で焼いた方が、強度も上がるそうです。大物制作に、登り窯は欠かせないのですね。
この登り窯は、福嶋さんが子供の頃に作られ、もう30年ほど使用されています。
「寿命は?」とお尋ねすると
「う〜ん? 使わないと、悪くなる」
とのことで、窯もまた生き物なのだなぁ・・と、感じ入りました。
さて、この登り窯は五部屋あり、まずは、一番下の焚き口から10時間ほど焚き、温度の上がったところで、一番目の部屋・二番目の部屋・・・と2時間位ずつ焼かれます。炎の色具合と、長年の経験による感覚で温度を判断。
「温度計もあるにはあるけど、倒れるから・・・(笑)」とのことでした。
ちなみに、登り窯は年に二度の『民陶むら祭り』の前に焚かれます。
民陶むら祭りって、お買い得なだけじゃなく、登り窯の製品にも出会えるという特典があったんですね。
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登り窯左手前が焚き口
全部で5部屋ある |

登り窯の内部
壺・瓶など大物が並ぶ
内部の壁は薪の灰が焼けて溶け、釉薬化し、
つやつやになっている |
先にも書きましたが、ここ福嶋窯では、釉薬も自家製。
藁灰釉は、お隣の田んぼの稲藁を燃して使用。
工房の傍らのケースの中に、燃した稲藁が積まれています。
よく「灰釉」と言いますが、灰になるほど燃やすと使えないそうで、そこにあったのは黒い「炭状」のものでした。これを別の釉と調合して使ったりもされます。
また透明釉も手作り。そう言えば、工房の外の足下に硝石らしき石ころが???
「自家製だから、多少の不純物が混ざる。それが、自然なつやを生んでいるのではないか」と福嶋さん。
それを聞いて、わたしは「なるほど!」と合点のいくことが!
というのも、もともと、釉薬「テカテカ」の器は、あまり好みではないのです。
しかし、こちらの器はつやがあるのに、眼に優しく、嫌みがない。
初めて見て一目惚れでした。そのわけは、「自家製釉」にもあったんだ!・・・と。
小石原では、数年前に「土の協同組合」なるものができ、大型のミルで砕いた土を使っている窯元もあるとか。また、小石原以外の土を使われている窯元も多数あります。
そんな中、こちらでは部分的に機械を導入されているとは言え、一つ一つの行程にこだわった土作りをされています。それもやはり伝統に裏打ちされたものを大切に思われてのこと。
よく「飛びカンナ」や「刷毛目」など、目に見える「カタチの上」での伝統が取り上げられがちですが、こういう「製法」という部分にこそ、伝統は生かされているんですね。
工房や窯を見学させて頂いたあと見た器は、また違ったものに見えてきました。
「土が取れ、薪があり、川があって、その水力で土を砕き・・・すべてが揃っていたから、この地にやきものが根付き、350年もの間、続いてきたんでしょうね」と福嶋さんはおっしゃっていました。
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=ちょっと余談=
私たち夫婦がもう10年以上も通っているスパゲティ屋さんがあるんですが、そこでは小石原焼と思しきうつわが多数使われていました。
中でも、夫はサラダの取り皿として使われていた「飛びカンナの皿」に衝撃を受けたのだとか。わたしは生まれも育ちも福岡県。「飛びカンナ」は見慣れた器の一つでした。
一方、夫は岡山出身。焼き締めの備前焼(伊部焼)に囲まれて育ったため、「飛びカンナ」は初体験。その風合いに斬新さを感じたそうなのです。
この見学をさせて頂いた日、そんな話をしていたら、なんとその飛びカンナの取り皿は福嶋窯さんのものだったとか!
こちらとおつきあいさせて頂くのは、今年(2000年)からなのですが、なんと10年も前からご縁があったんだなぁ・・・と、ますます嬉しくなった私たち夫婦だったのでした。 |
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